夢をおいかけて、、MINI MARUYAMA vol.3♪

夢をおいかけて、、MINI MARUYAMA vol.3♪

さぁ、

今日のブログで3日目。

MINI MARUYAMAさん、丸山社長のルーツ。

今日は夢のおはなし。

 

では、はじまりはじまり♪

丸山社長はコレクターでもあるんです。

それも中途半端なコレクターでなく、人に自慢する訳でなく、ふつふつと楽しむ喜び。

そんなご自身の中で楽しんでいた世界観には、やはり人も寄ってきて、知っている方も見えるかも。世界のフェラーリーの雑誌にも載っていたり^_^

ご本人はそこに興味があるわけでなく、とにかくモノを見極め、そのもの自体を楽しむ。

その一つには、、

あるコブラというクルマのエピソード。

24歳の時にコブラを見たんだ!そしたらどっかに消えた。。解体のおじさんに名刺渡し五千円置いていき、なんかあったら電話ちょうだいって渡しておいて、、

そして

26年後なんとその解体のおじさんから電話をくれて、、

探し当てに行き、、ここにあったんだ!

それは執念そのもの。

コンテナの中にひっそり隠れていて、、38年間山の中に。その持ち主は存在していて、

メーターはなんと1マイル!

その後レストレーションして、そしてよみがえらす!すごいー。

5千円置いて行ったんですか?ここポイントだよね!10円だったらダメだったよね!」とBoss.

感じるとこがズレてる気がするけど、、笑

いつでも、今でも探してるものもある!

そんなマンガみたいな本当な話を人生で楽しんでるんですね♪

 

 

 

 

しかし、そんな丸山社長に

話の終わりに、、

それが夢の一つですねと聞いてみると

『人間、お金でかえるものを目標すると人生は半分終わってしまう。

人間はお金で買えないものを目標にするべきだ。』

そうはっきりおっしゃっておりました。

そこにはきっと経験された、価値で見るものでなく、人生をかけて、、それ以上のなにかを見つけているのでしょう。

中学生の頃から大切にしていたバイクがお店の中にあったり、中1の頃に買ったカメラを大切に持ち続けている。そこには5億のフェラーリより、何かを感じてみえるのかもしれないですね。

今回、話題になって世界からの訪問者がたくさんみえるのは

BMWが明かした記事がきっかけだったようです。『彼がいたからMiniを復活した』と朝日新聞が記事にしました。

50周年は2000人規模のパティーをBMWが開き、彼の功績をビデオに残しておこう。と提案がありその日のパーティでは

丸山社長にお礼を伝えようと、、乾杯してくれたそうです。

ストーリーオブマルヤマ

 

 

Miniへの想いは

永遠に。

 

 

こうして,今は伝える者としてもお店や歴史を伝えています。

まだまだできていない夢があるんだよ。とおっしゃる瞳は輝かれていて素敵なんです。

その一つが

もしも、ローバーミニがずっと残っていたら、、

そんなテーマで今,Miniをつくっているそう。

 

丸山社長が思うMiniは自然であること。

Miniがある事がごく自然である事がベスト。

そしてその進化したMini

置いておくと、誰もが気がつかないけどなんだかこのその存在が素敵だな、、そう感じられ、

キテレツでなく溶け込んでいる。

これからのクルマへのアプローチはバイオテクノロジーとDNAで成形していく。

それは必要なものを残したまま成形していく。

その発想を持ったのは1980年終わり頃にすでに丸山社長は次世代ミニを作っているから驚き。

 

 

 

黄金比を崩さない。

そう伝えてくださったのかもしれないですね。

丸山社長は

1971年まではクーパーSを追いかけていて、そこに魅了されたそうです。

スピード、、そこでの競争でなくそのものの感動。

当時、イギリスの大衆車が日本に来ると物価の関係でどうしても超高級車になってしまう。

そこで日本人が考えたのは

どうせ持ってくる経費は一緒なんだからと、、

フルオプションにしてから持ち込みたい。タンクダブルも当時は実はオプションで、フルオプションにして渡英させたそうです。

走りや何が大切かなど注目されるのでなく高級車にしたかった。その感覚は

ヨーロッパが感じていたMiniへの思いとは当時からするとずれがあったかもしれないですね。

 

 

ジャパンスペック日本人に合うMiniを。

フェラーリの世界観と同じスペックでMiniを提案していた丸山社長。

エンジンはやはりノーマル。。

 

 

 

あぁ、

日本にMiniを牽引してきたレジェンドたちは

やはりMiniのトリコになったんだなと確信でした。

2021615

私は大阪にあるミニデルタの丸山社長の取材に行ってブログを書かせていただきました。

その時の記事に

ミニデルタの丸山社長もクーパーSを分解し、魅了されていた事を伝えていました。

必ず、歴史が動いた時にはそこには立役者が存在します。私がMiniをどんどん知り歴史を辿っていってたくさんの情報を得ていった時、

誰かが

Miniの世界には西の丸山、東の丸山が存在してこの2人が日本にMiniを広めてくれたんだ』と教えてくれました。

お二人を知れば知るほど、、

世間にはきっと知られていないほどの

Miniへの執念と魅了されたその感覚。

ご商売だからこそ,世間からは色々な意見はあって当たり前ですが、、

歴史を動かしたやはりお二人の存在は尊敬です。その思いというのは必ず後世に伝えたい熱い想いだと、、、

改めて感じました。

Miniを牽引してくださったからこそ、

今の私たちの感性の中に『Miniはかわいいな、Miniって最高だな』と思える

そんな世界を見続けさせてくださっています。

みなさんがMiniを見てキュンと感じてみえるのと同じように、

この,若かりし頃のBossも追いかけ続けています。みなさんにMiniを伝え続けていく者として。そして、更にこの時代に走らせ続けるMiniを、その進化を信じて。。

 

 

キングスロードが想うのはやはり

『尊敬』そのものです♪

いつの日も夢を追いかけて、、、。

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